いいことじゃなくてとってもいいこと

アカデミー

まずは何よりも、少し遅れましたが、
にのみやくん!
日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞 
受賞おめでとうございました!!!

…エッ?「復活LOVE」スペシャルトークの感想ですか?
ちょっと今頑張って書いてるんですけどどうもまだ書き終わりそうにないもので…(^ω^;)←
もうしばらく書かせてください…どうせ忘れたころに書いてもだれもみてやしないんですからダバダバ…(甘え)




相葉先生と同じように、テレビの前でかじりつくようにして見守っておりました。
収録であったためリアルタイムではございませんでしたが…
あの心臓の痛かったのも今や良き思い出…。

些か特殊な事務所ですので、岡田くんがW受賞なさったときには
素直に「すごいなあ」と感じたのですが
まさかにのみさんが続いておとりになるとは、、生きてると何が起こるかわかりませんね…

私は劇場で「母と暮せば」を観ました、、、というのは以前にも書いてましたね(笑)
大いに「死について語るのを避けたがる」という国民性に沿ってここまで生きてきている私としては
教科書に倣って平和学習をしたとはいえ、なんと感想を書いたものか悩み、
感想を語ることからも逃げてしまったという、とんだひよりぶりだったのですが…
「大切な人の死」は経験しましたが、「戦争」もそれによる惨状も、「息子の死」も、
ほとんどを経験したことがない私にとって、その感想のほとんども私の想像の枠を出ません。

特に「母と暮せば」の公開に際して、関連特番の類を全て観てしまったもので
山田監督がものすごくこだわって本作を撮っていらしたのは欠片なりともわかっていたので
私が付け焼刃な知識や思い込みであれやこれ書き残すのもなあ…と
(といいつつ付け焼刃な知識や思い込みでこれからにのみやくんについて書くんですけども)
なんか誰でも言えそうな感想だなあと思いつつ、ちょこっとつぶやくにとどめておりました。

そういった作り手の熱意や、「戦争」、特に「原爆」という、それぞれが容易くはないテーマで
それらに応えて、演じたにのみやくんの演技が、こういう形でまた評価されたというのは…
もううれしくてね、寝れなかったですよ、なかなか寝れなかったです。



今回の受賞コメントでも二宮節がこれでもか!と光っていましたね~

いろんな方も「驚きました」と言及なさっていた、
にのみやくんの「悔しくて」「俺も欲しいな」という受賞の際の壇上でのお言葉がありましたが、
私ももれなくテレビ前で「にのみやくんもこういうこと言うんだなあ」と驚いておりました。
いや、考えていらっしゃるとは思うんですけども、それを口に出されたというのが意外だったんですよね…。
にのみやくん自身、内でほんとはすごくいろいろと考えていて、それをきちんと状況にあわせて出力できる人で、
そうなんだけど、あえてそれを考えてない風に見せるようなイメージを勝手ながら持っていたんですけども、
ああいう場所で素直に欲みたいなものを口に出されるのが、あのときは個人的にとっても意外でした。
飄々としててそういう賞レース(っていうと表現が拙いかもしれませんが)には
欲がなさそうに見えるじゃないですか、いただけるんであればありがたいけど、みたいな。

今またごちゃごちゃ考えてみると、ああいう場所で敢えてそのシンプルな欲をさらけ出した人間らしいところが
二宮くんらしさでもあったのかな、と考える部分もあったりするのですが…うーむ…

…終わったあとでなら何とでも考えて言えますね(笑)

二宮くんのコメントを聞きながら、何よりも印象的に感じていたことといえば、2007年2月のドイツの地で
「俳優ではございませんし、日本では歌って踊っていますし、5人でグループとして活動していますし」
と答えた二宮くんが、2016年の3月4日の日本アカデミー賞授賞式の場にも変わらずいらっしゃったことを
示す形となったところでしょうか。

2006年、「硫黄島からの手紙」が公開された当時の私はまだ、あらしのファンではありませんでした。
二宮くんが入り口だった私ではありますが、
放送された当時よりもきっとずっと後で観ることになった2007年の情熱大陸でのワンシーンが
私にとってとても印象的で、大切で、とっても誇らしく感じたのを覚えています。

今回、壇上で「」という名前を二宮くんが出したことの意味を考えると、
あの時「アイドルであることへの強烈な拘り」と評された2007年の言葉は、
2016年の今回の場で、「アイドルグループ『』の一員であることへの強烈な拘り」へと、
変わらず強くあり続けているのかなと、感じました。
二宮くんは「そこまで考えてないよ」とおっしゃるかもしれませんが(笑)

少し話が逸れますが、先日発売された「復活LOVE」、MVには生田斗真くんが出演してくれました。
このことに対し、
「生田がと組むことにメリットを感じない、生田は『俳優』を押し出すべきで、
アイドル事務所に所属していることをわざわざ触れまわるべきじゃない」
とおっしゃってる方がいらっしゃったのを目にしました。
とまちゃんがMVに出演してくれることをただ手放しで喜んでいた私はすこし、
ハッとしたような気持ちになったことを覚えています。
「アイドル」という肩書きは、本人がその気さえあれば何でもできる「可能性」とともに
周囲の考え方やものの見方による反作用も持っているのだと、
「アイドル」である彼らと、彼らの周囲を観ているとよく思います。

また、「彼自身」だけのことを考えると、グループに属していることは「枷」だという考え方もなくはないと思います。
というのも、私はご存じのとおり、おおのくんに寄ったファンですが、
同じおおのくんのファンの方の中にはそういう考えを持った方が少なくないです(笑)
タレントにはそれぞれのキャラクターがあり、それぞれが不得手なことと秀でていることとを持っています。
特にファンではない一般の観衆にそのタレント個人がうまく認知されている場合、
この得手不得手の引き出しの開け閉め加減が上手な人が多いように感じます。
ただし「グループ」という一つのスペースの中では、引き出しを開けるスペースが限られます。
この制限の中でグループの各構成員が上手いことそれらを調整できないと、
メンバー1人1人がキャラを立てる、ということが難しくなる要因の一つになりうるかもしれません。
開け閉めには正解がなく、その開け閉めに対し、周りはああでもないこうでもない、と言及するわけです。
グループの中で突出した個性を、と思えば、周りがスペースを譲って一人がそれを全開にすればよいわけですから、
「グループにこだわらず、個人活動を」という考えは、
確かに彼のみのファンで、彼のみの活躍を望むのであれば最もなのかもしれません。
1人が突出することで注目を浴びるグループもいないわけではありませんし、
どの形が正しいのかという論争は、答えの出るものではありませんが、
グループでの活動も楽しみにしている私からすると少し寂しい形でもあります。
…誰かが満足する形は誰かの不満な形、でしょうか?(笑)

他のお仕事でもそうかもしれませんが、お芝居のお仕事は、何かと「アイドル」という肩書きを下にみられたり、
仕事によっては「グループ」を制約のように感じざるを得ないこともあるのかもしれません。
それでも二宮くんがああいう風に言ってくれたというのは、
二宮くんを好きになって、を好きになった私からするともうとんでもなくうれしかったです。
上で長いことツラツラ書いてますけど、それは全部後から考えたことであって、
(自分でこんだけ書いて読ませといて打ち消すバカがここにいます)
もう理屈ではなく嬉しかったですし、やはり誇らしかったです。



驚いたかと思えば喜び、表情豊かに語る姿、そして回顧する真剣な表情。
二宮くんの愛すべきお人柄が改めてうかがい知れた、受賞者の皆さんたちとの様子。
いくら知った風なことを書いても到底、二宮くんのことは書ききれませんし、
これからだって、二宮くんをひとつ知っていくたびに、
またひとつ知らない部分が増えていくのだろうなあと思うと、とってもワクワクしますし、
私の知りえない二宮くんがこの先どんな表現をなさっていくのか、
彼の表現力を通してどんな世界を私たちに見せてくださるのか、今から楽しみにしています。


二宮くんほんとうにほんとうにおめでとう!!そしてありがとう!!

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Category: あらし

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